この夏(2026年8月)、十数年ぶりに普段履きのブーツを新調した。十数年間苦楽を共にした彼とは、数多くの街を歩き数多くのライブに参戦した想い出を共有してきた。歴代が革製であったのに対して、新しい相棒はスニーカー素材を採用しており、軽く柔らかく50代となった私の体にも優しい。真夏でもブーツ族の私にとって、近年の夏の暑さは極めて不快で過酷なものとなっているのだが、それでもブーツを脱ぐつもりはない。
「Piece Of Mind」は、IRON MAIDEN が1983年にリリースしたアルバムで、私をメタルという世界の入口に立たせてくれた極めて重要な作品である。邦題は「頭脳改革」で、その名の通り私の頭脳も改革されたということだ。
記憶が曖昧なのだが、リリース年から考えるとこの出会いは、私が10歳から11歳の頃、つまり小学校4年生前後になる。熱を出して寝込んでしまったある日のこと、熱が引くと同時に空腹感に襲われ、深夜に目がさめた。何かを食べようとキッチンに立つも、深夜のキッチンの不気味さが襲いかかってきた。そんな不安を消し去るべくラジオのスイッチを入れた。そこでスピーカーから流れてきたのが、この「Piece Of Mind」収録の「Die With Your Boots On」という名曲だった。
「背中に電流が流れる」とはこのような感覚を指すのだと思う。その衝撃的な感覚だけは、いまでも明確に覚えている。そして、あまりに衝撃的だったが故に、それ以外の記憶が曖昧なのである。曲が終わり、DJが紹介した曲名、アーティスト名を必死に控え、そのメモを頼りに父にレコードをねだった。音楽好きだった父はすぐに買い与えてくれたのだが、想像していたものとは全く違うデザインのジャケットに神秘的な魅力を感じたのだった。当時は、なぜこの曲に衝撃を受けたのかよく分からなかった。しかし、今ではある程度言語化できる。
「Piece Of Mind」は IRON MAIDEN を代表する名盤の一つとして評価されている。しかし、最高傑作かと問われれば、ファンの間でも意見は分かれるだろう。私にとっても IRON MAIDEN のベストアルバムではない。それについてはいつかご紹介できると思う。
このアルバムタイトル「Piece Of Mind」は、「Peace Of Mind(心の平穏・安心感)」を想起させる一方、「give someone a piece of one’s mind(思っていることをぶつける)」という英語表現にも通じる。両者は相反するものであるように見えて、私のようなメタルヘッドには見事に共存する感覚なのだ。
そう、このアルバムは私に「自己を貫け!」という強いメッセージを発してくれるのだ。
脳心理学者で私と同じメタルヘッドである中野信子氏は、著作「メタル脳 天才は残酷な音楽を好む」の中で、このように記している。
「メタルは、社会通念を打ち破ってくれそうな期待感を抱くに足る音楽です。一般的な人たち、『社会的』な人たちが信じているきれいごとの世界のことを社会と呼ぶならば、それに対して『ちがう』という意思表示をすることがメタルです。欺瞞に満ちた社会に対して、暴力によらずに音楽の力で強烈な一撃をくらわすこと、それこそがメタルの存在意義なのです。」
欺瞞に満ちた社会に対して、強烈な一撃をくらわすこと。これが私自身の存在意義であったらどんなに美しいことだろう。
「Piece Of Mind」に出会う前、私は周囲の友達と良くも悪くも自分が少し違うという自己認識を抱いていた。例えば「ウルトラマン」というテレビ番組シリーズは、同世代の男の子には欠かせない話題の一つだった。しかし、私は「ウルトラマン」シリーズをどうしても好きになれなかった。理由は極めて単純で次の疑問を自己解決できなかったからだ。宇宙という無酸素の空間でも呼吸ができる彼らが、怪獣達を宇宙に運んで地球外で戦うという努力をせずに、3分という時間制限のある不利な地球上で戦うことを選んでいること。結果として、悪意はないにしても多くの人の生活環境を戦いの中で破壊していること。これは戦いの代償として生まれる必要悪とはどうしても思えないこと。
幼き私は、「フィクション」や「エンターテインメント」でることを理解しながらも、このような疑問に対して自己解決する手段を持たなかったのだ。どちらかというと、テレビ番組を素直に楽しめない自分にどう向き合えば良いかわからなかった。
そんな中「Piece Of Mind」に出会う。それは40年以上経って振り返ってみると「自分は自分のままで良いという安心感」を得た瞬間であったように思う。当時の私を取り巻いていた「音楽環境」はテレビ番組から流れてくるアイドルグループを主としたポップなものがほとんどで、周囲の熱狂を感じながらも、そこに自分の居場所を見つけることは出来なかった。そんな私だったからこそ、激情を剥き出しのリアリティに溢れた音世界に「Peace Of Mind」を得たに違いない。
あの夜、ラジオを通して聴いた曲が「Die With Your Boots On」であったことも運命を感じさせる。当時の私にこの英詞を理解することはできなかったのだが、音を通して十分にバンドの想いは伝わった。
この曲のタイトルを意訳するのであれば、「どうせ死ぬのなら、逃げたり怯えたりしながらではなく、立ち向かったまま死にたい」ということだろう。
「死」という言葉を使いながらも、この曲は「勇敢に戦う」ことへの賛美歌ではない。未来への不安や恐怖を認めながらも「今この現実を自分らしく生き抜く」ことを歌い上げている。まさに私や多くのメタルヘッドにとっては強烈な一撃なのだ。
過去を共に生きた歴代のブーツ達は、私が私であるためにずっと力を貸してくれた。新しく仲間となった彼も、そんな力を与えてくれる。
I’m gonna die, die with my boots on.
ブーツを脱ぐ時は、メタル魂を失った時なのだろう。ブーツを履くという行為を通して、自分のありたい姿に真摯に生きているかということを振り返る機会がある。この恵まれた環境に感謝の念を抱きつつ、再度「Piece Of Mind」に針を落とす。
